ふわふわぷかぷか

ハロプロを中心に思ったことを書き留めます。

好きなアイドルの曲

のたび、道重さゆみさんの再生公演のチケットを取りまして、しばらくぶりの現場に行くことが決まりました。私にとっては、道重さんは2014年の夏ハロコン以来、2年半ぶりです。あっ、2015年のさゆロス展を含めれば1年ぶりくらいですね。

 

日に限らずこのブログはいつもそうですが、記事の内容は完全な私見です。あと、今回はハロプロはあんまり関係ないです。

ここに書くことは過去や現在のアイドルたちに対して冒涜的かもしれません。一個人の理論として、「こんな側面もある」くらいに割り切って読んでください。

この記事のタイトルは、あえて区切ると「好きな / アイドルの曲」です。「好きなアイドル / の曲」ではありません。また、アイドル≪の≫曲、であって、好きな「アイドル曲」ではありません(これ重要)。

以下、本題に入ります。

 

イドル*1 の魅力って何だろう。この点についてファンはそれぞれ自分の思いがあるはずで、それを否定するつもりは毛頭ありません。自分が考えるアイドルの本質を大事にしてください。私自身についてみても、初めてファンになった中学3年のときから今までにアイドルの良さだと思うところが変わってきていますが、昔の自分を “分かってないなぁ” なんて腐す気にはなりません。

今の私が考えるアイドルのいちばんの魅力は、うまく言葉にできませんが自分なりに表現してみると、それがメンバーにとっての本気の自己実現の場であることです。私はアイドルをすることは彼女たちの「全力の」「青春の」「腰掛け」であってほしいと思っています。*2

 

れでは、アイドルの楽曲の良さって何だろう。アイドルが歌ってさえいれば曲自体はなんでもいい? 私はそうは思いません。アイドルにしか歌えない曲、アイドルが歌うからこそ出る趣というものがあるのです。

「アイドル曲」「アイドルソング」というと元気のよいラブソングと応援歌が代表的です。私もそういうの好きだし、アイドルに重要な一つの曲の系統だと思います。また、ある程度キャリアを積んでくるとファンへの感謝を綴ったような曲を出すこともよくあります。しかし私のいちばん好きな「アイドルの曲」はこのいずれでもありません。

 私は、中高生である今が永遠には続かないこと*3、自分たちが大人になって変わってしまうこと、今の親友といつか別れてしまうこと、といった主題を歌った曲がいちばん好きです。我ながらしっくりきてはいませんが、本稿ではこれを「未来感傷曲」と呼ぶことにしましょう。たとえば、Berryz工房の『友達は友達なんだ!』『サンクユーベリーベリー』、重ピンク&こはっピンクの『宝の箱』などがそうです。*4

実は、このようなことを考えこの記事を書こうと思ったきっかけはラブライブ!です。前回の記事でもちょっと書いたように、今年度から所属しているコミュニティにその方面のオタクがあふれていた影響でラブライブ!やアニメに多少詳しくなったんですが*5、その過程で知った『SENTIMENTAL StepS』という曲が、いま言ったことにドンピシャにハマっていて。*6 人生、意外なところから視野が広がるものです。

 

のような曲を、アイドルとしての全盛期後半かそれを少し過ぎた頃、具体的に言うと主力ないし年少メンバーの高校生年代の終わりから成人前に出してもらえると最高です。ここで強調しておきたいのは、こういう曲はリリースのタイミングが非常に大切だということ。昔にも書きましたが(我武者LIFEと℃-ute の終わりを参照)、曲はただ曲としてあるのではなく文脈の中にあります。誰がいつ、どういう状況にあるときに出したのか。また、リリース後のライブでのパフォーマンスによって新たな意味を持つようになることもあります。曲は文脈の中に生き、不断に生まれ変わり続ける。*7

 未来感傷曲はメンバーが若いうち、また活動初期に出しては薄っぺらくなってしまいます。*8 中学生年代ころから活動を始め、元気なアイドルソングを中心に若々しい活動を積み重ね、年月とともにスキルをつけ心身ともに成長しピークの時期を迎え、それが終わろうとしているときが最適なタイミングです。歌詞では「中高生でなくなる」「大人になる」「友と道を分かつ」というようなことを歌っているのに、そこに彼女たちが「アイドル性の峠を越す」「アイドルを卒業する」「(アイドルをやめることにより)今一緒に活動しているメンバーと離れる」という意味が隠喩される。歌っている側はそれを自覚*9 し、ファンも言葉の奥にもっぱらそれを読み取る。それこそが未来感傷曲の醍醐味だと思うのです。

 

う書くと、読者の皆さんには、どうも筆者はアイドルを終焉や凋落に価値があるものと思っているようだと感じられるかもしれません。私はピークを過ぎたアイドルが下り坂でもがくさまに最大の面白さを感じているのではないと思っていますが、このように指摘されたときに全面否定することはできません。アイドルの中核的な価値は「儚さ」にあるんだと、なんとなく思います。この記事の最初のほうで、アイドルは「全力の」「青春の」「腰掛け」であってほしいと書きました。きっと私は、青春を投げうって頑張ること、そうした日々の成果が有形無形に現れること、しかしその彼女の青春は長くないこと、そして終わってしまえばアイドルとしてこの世に生み出したものごとは一気に過去のものとして褪せてゆくこと、これらをアイドルの本質的な趣だと感じているのです。

魔法少女まどか☆マギカ』というアニメ作品の中で、インキュベーターは宇宙の熱的死を回避するために感情変動のエネルギーを取り出す技術を開発し、少女の絶望に伴う感情変動をそのメインターゲットとしました。少女は夢(「魂をかけるに値する願い」)に惹かれて契約し魔法少女となり、形式的には夢が叶ったのにその因果で望まぬ世界が生まれどんなにもがいてもそれを解消できず、最終的に絶望して魔女に堕ち大量の感情エネルギーを放出します。必ず絶望することになると知っていながら夢をちらつかせて次なる少女に契約を迫るインキュベーターを、我々視聴者は巨悪とみなします。他者の人生を消費し、輝きを涸れるまで搾り取って用が済んだら捨てる、なんと許しがたき所業か。ところで、アイドルファンの私やあなたがアイドルに向ける視線にはインキュベーターに似た嗜虐がありはしませんか。

*1:私はハロプロ以外のアイドルのファンではない(別にハロプロこそ至高と思っているとか非ハロに敵対意識を持っているということはなくて、他陣営は好きでも嫌いでもない、ノータッチですということ)ので、私がする3次元のアイドルの話は基本的にハロプロなんですが、本稿で書いていることは “ハロプロだから” というよりはアイドルに一般的な(であってほしい)ものだと思うので、「アイドル」と書いています。

*2:この言葉の意味を特には説明しませんが共感できる人はしてください。理解の補助になるかもしれないことを一つ言っておくと、私にとってアイドルのピークは高校生年代です。それは、外見的な魅力でも、内面的な魅力でもそうです。

*3:Berryz工房のラストコンサートでのMCで、徳永さんは「12年半、ハロープロジェクトBerryz工房をやらせてもらって、2つ気づいたことがあります。ひとつは、時間は止められないこと。」と言い、須藤さんは「今日で終わりだと思うとすごくさみしいし、こんなに素敵な空間を守ることが出来なくて本当にごめんなさい。」と言いました。そういうことです。

*4:サヨナラのかわりに』『桜→入学式』のような卒業・入学ソングには幾らか似た要素がありますが少し違うと感じています。

*5:私のほうから彼らにハロプロの布教はしてません。ゴメンナサイ……(?)。

*6:このブログの読者には知らない人も多いと思うので歌詞を少し紹介します。1番の「楽しいと思う今を 保存したい気持ち 初めて感じたんだよ」もいいんですがストレートすぎて、個人的には以下に引用する2番以降の歌詞が秀逸だと思います。(はてブロでの歌詞引用にジャスラックがうるさいという噂を聞いています。何か言われたら引用は削除します。)

見えないだけで本当は 少しずつ成長してるって
タネを埋めた場所からは 小さな葉っぱが歌いだす

季節がいつの間にか塗り替えていった
街の色に気付いたよ

(中略)

気のせいだよね いつものみんなだね
ふざけて駆けあし 転びそうだ
待って 待って どこか寄って帰る?

すれ違っても わからないくらい
君もぼくも大人になった頃が想像できない
だってずっと一緒だから

 

*7:しかし、当たり前ですが、その「文脈」はファンでない人は全く知らないことです。他ブログさんのこの記事(私が好きな"モーニング娘。"の話。 - 青猫文具箱)でもそのようなことが書かれていて、共感しました。私がさきほど『SENTIMENTAL StepS』を紹介するだけして、「聴いてみてください」と言わなかったのはこのためです。友友でもセンステでも、この手の曲の良さは文脈ありき、そのアイドルがこれをリリースするまでに歩んできた過去があってこそのもので、それを知らない外部の人がひょいと曲を聴いてもただの薄っぺらい塩曲です。
皆さんも自分の好きなアーティストの曲を誰かに薦めるときは、ファンだから良さがわかるというような曲を最初に薦めてはいけませんよ。そういうのは、キャッチ―な曲で相手を取り込んでからすることです。

*8:まあ、出すだけ出しといてのちのちライブで育てるという戦略もアリはアリですが、出した時点でのダサさはこの上ないし、ファンとしてはそんな早いうちから終わりのことを意識したくないです。

*9:どうでもいいようで個人的にすごく重要なのは、アイドルにはプロデューサーがついていて楽曲もセルフプロデュースではない点です。未来感傷曲で歌うような内容は、アイドル自身の中から出てきてはいけない。それを思いつくことはあってもよいけど、直視することを避けて無心で “今” に打ち込むようでないといけない。ああいうことを真剣に悩む時期に入ったら、既にそのアイドルはアイドル性を大きく失っている。未来感傷曲の歌詞は、プロデュースサイドからアイドルに与えられ実際に声に出して歌うことを通じて初めてアイドルの中に自分のこととして根付くものでないといけません。

なぜこんなことを言うかというと、ラブライブ!の劇中ではμ'sはセルフプロデュースという設定になっているからです。μ's曲の歌詞は園田海未を中心にすべてメンバーが書いているということになっています。しかしセンステの歌詞が高校生の彼女たちから出てきてはいけないんです。作中設定から離れて現実には、ラブライブ!の楽曲は全て畑亜貴が作詞しています。私は、センステに関してはμ'sプロデュースという設定から逸脱して事務所提供楽曲として解釈しています。