ふわふわぷかぷか

ハロプロを中心に思ったことを書き留めます。

私の中でのモーニング娘。

2007年春のモーニング娘。コンサートツアー SEXY8ビート千秋楽、吉澤ひとみ卒業セレモニーで新垣里沙が「吉澤さんが卒業しちゃうと私の中でのモーニング娘。がいなくなっちゃうんですよ」と言ったのを知らないヲタはいまい。自分自身が娘。メンバーでそれもこれから一番の先輩としてグループを引っ張る立場になるというときに、あろうことかモーニング娘。がいなくなると言ったのだ。衝撃発言だが黄金期の娘。に憧れて娘。を目指した5期メンバー新垣を象徴する名言である。後追いファンの私も最近DVDを買って映像を見た。よっすぃ~は「(0^~^)そんなこと言わないでよガキさーん」「(0^~^)なーんでそんなこと言うんですか」なんておどけたけど、客席のヲタやハロプロファンは新垣に共感した人も多かったのではないか。

むろんオリメン原理主義者からすれば「何を今さら」という感じだったろうし、6期ヲタは逆にこれからが本番だと意気込んだかもしれない。ガキさん同様ファンにもそれぞれ自分の中でのモーニング娘。があり、メンバーが入れ替わる中でそれを更新しながらファンを続けたり更新しないけどファンを続けたりあるいはファンをやめるのだ。

 

ころで私は黄金期の娘。を知らない。実はプラチナ期も知らない。2010年にハローのファンになったが、それはスマイレージを知ったときで、ハロー!プロジェクトという枠組みを理解し娘。にたどり着いたのは11年を迎えてからのことだ。すなわち私が出会ったモーニング娘。はプラチナ体制崩壊直後、9期が加入して高橋愛の卒業を控えたモーニング娘。である。ちゃんと興味を持ったのは10期が入って友人が工藤遥にフィーバーした頃だからさらに数ヶ月後だ。そうであるが、ガキさんにとっての黄金期みたく高橋政権末期ないし新垣リーダー期が「私の中でのモーニング娘。」になったかというとそうすんなりと話は運ばない。

私は2011年には依然スマイレージに入れ込んでいたが、小川紗季前田憂佳が立て続けに卒業発表し(中でも小川は発表したと思ったら瞬く間に去ってしまった)、この間に2期メンバーが入った。私は当初この2期をスマのメンバーとして受け入れられなかった。ハローのオタクになりたててで新メンバー加入というものに慣れていなかったのもあるし、新メンバーが私には幼すぎたというのもあるし、抜けた/抜けるのが1推しのさきちぃと2推しのゆうかりんだったというのもあるが、とにかく2期を認められなかった。

このスマのゴタゴタと前後して娘。に10期が入った。私はそこでこの10期をスマの2期のように見たのだ。既存のグループに加わったおまけとして。当時の娘。は(高橋)新垣田中道重光井+9期+10期という顔ぶれだったが、それを プラチナメン=大人 と 9/10期=子供 という区分でとらえた。9期ともども2011年加入組を娘。にありながら一人前の娘。メンと見なさなかったのだ。

 

ょうどこのころはプラチナ期という言葉が盛り上がり始めて、懐古的に「プラチナ期はよかった」「洗練されたパフォーマンスのプラチナ期こそ至高」みたいに言われ出した時期だったと思う。そして私自身はメンバーが幼くなりそれまでのオーラがなくなったように思えたスマにネガティヴな感情を持っていて、同様の思いを持っていた娘。ファン(娘。ファン全員がそう思っていたという意味ではなく、娘。ファンのうちそういう思いを持っていた人たちということ)にシンパシーを感じ、楽曲を聴きながら本当は知りもしないプラチナ期を自分の中に取り込んでいった。

現実にはそのとき既にプラチナ娘。は崩壊していたから、プラチナ期がそのまま「私の中でのモーニング娘。」になったのではないが、ほどなく私の中で娘。のメンバーは(高橋)新垣田中道重光井の4人ないし5人だけという意識が出来上がった。プラチナの生き残りメンと言ってもよいし、もうそれはニアリーイコールでプラチナだ(楽曲という意味では意識はほとんどプラチナ期に向いていたし)と言うなら言ってもよい。その違いは重要でない。ややまとまりに欠けるがこれが私の「私の中でのモーニング娘。」についての結論である。したがって私にとっては、冒頭の名台詞を借りれば、昨年11月26日の道重さゆみ卒業を以て「私の中でのモーニング娘。がいなくなっ」た。

こういう事情があってかつい最近まで私は結構なプラチナ厨だった。さゆが卒業しプラチナメンが完全にいなくなってからやっと変わって、今では現役の娘。メン、ではなくむしろプラチナより以前の娘。にプラチナに近いくらい実感を持てるようになってきたのだけど、この話はまた機会があったらすることとしよう。